| <第一期> |
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| 2004年 5月 |
このままじゃいけないと思った山崎が新バンド結成に向けて動き出す。 『山が動いた!』
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| 2004年 6月 |
山崎が前バンド「LALA BERRY」を脱退し、本格的に新バンドへと移行する。
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| 2004年 7月 |
ボーカル708と出会う。その後、様々な人間とスタジオに入ったりしたが、その殆どがボンクラであった。
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| 2004年10月 |
メンバーは揃っていなかったが、当時流行していた『見る前にとべ!』の精神に従い、ライブをする事にする。ベースには「オリンポス16闘神」の旧友・鹿内武蔵にヘルプを頼む。
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| 2004年12月 |
初ライブ。 この日は友人の結婚祝福イベント(本人開催)という事でめでたい船出だった。 そして次の日にいきなりドラム今峰が脱退し、暗礁に乗り上げる。
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| <第二期> |
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| 2005年 1月 |
ベース森が加入。 本当は加入するか迷っていた森を尻目に『じゃあ来月ライブやるぞ』と、強引に話を進める。ドラムみのちゃんがヘルプとして加入。
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| 2005年 2月 |
やっと二回目のライブ。 一回目のライブでは『初ライブとは思えない』と、驚愕の声が上がるほど堂々としたパフォーマンスを見せていたが、やはり本格的なバンド達との対バンでは遜色が目立つ。 苦汁(にがじる)をなめる日々が始まる。
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| 2005年 4月 |
契約期間満了に伴い、ドラムみのちゃんとさよならする。 またドラム探しの旅が始まる。
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| <第三期> |
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| 2005年 5月 |
ドラム金城が加入。 初めて全パートの正式メンバーが揃う。 有刺鉄線元年。
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| 2005年 6月 |
「オリンポス16闘神」の企画「ええじゃないか」に出演。 この時たしかに何かが変わった。 1バンド目の出演だったが、最初から異様なほど盛り上がる。 「1曲目なのにまるで最後の曲のようなテンションだ」(鹿内談) とにかく初めて手ごたえをつかんだライブだった。
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| 2005年 9月 |
ひさびさにドラムみのちゃんにヘルプをしてもらう。 懐かしい再会。
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| <第四期> |
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| 2005年10月 |
今まで溜まっていたメンバーの708への不満が爆発する。 このままでは技術力・人間力・芸術性すべてにおいてバンドの発展はないと考える。 結局、708と袂を分かつ決断をする。 新ボーカルとして、山崎の旧友・田代を迎える。
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| 2006年 1月 |
いきなりドラム金城が脱退宣言。 金城はバンドという形態ではなく、セッションドラマー・スタジオミュージシャン的な活動をしたいとの事だった。いずれにせよ、順調に見えた活動がわずか半年で再び暗礁へ乗り上げる。
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| <第五期> |
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| 2006年 2月 |
メキシコの刑務所を脱走した男をひょんな事からかくまう事になる。 あるときスティックを見せると『ワタシ、ソレ、叩ケマス』と言うや否や、驚異的なパワーでドラムを叩き始める。 以降、彼にはマスクを被せて「Mr.メキシコ」としてバンドに加入してもらう事になる。
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| 2006年 3月 |
ドラム金城に最後の仕事をこなしてもらう。 初音源でもある自主制作盤「ドキ!!アブないハレンチ学園スクール」発売開始。
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| 2006年 4月 |
Mr.メキシコを迎えての初ライブ。 Mr.メキシコが日本国籍「佐藤」(※もちろん偽造)を取得する。
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| 2006年 5月 |
初自主企画「有刺鉄線 電流爆破デスマッチ Vol.1」を開催する。 盛り上がり、動員ともにそこそこのもので、賞賛を受ける。 しかし、いずれも自分達の目標とは程遠く、苦汁(にがじる)をなめる。 降りしきる梅雨の雨にひそかにリベンジを誓う。
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| 2006年 7月 |
今まで非常に流動的だったメンバーがやっと固まった事もあり、ライブと新曲作りにあけくれる事になる。 この後、数々のバンドとの対バンで多くの事を学ぶ。 今までなめた苦汁(にがじる)の分だけ、高く大空へと羽ばたけると信じ、修行の日々を送る。
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| 2007年 1月 |
デモテープを各レコード会社に送り始める。
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| 2007年 2月 |
自主企画「有刺鉄線 電流爆破デスマッチ Vol.2」を開催。 前回のリベンジであった動員数を目標達成。 盛り上がりに関しては確実に前回以上ではあったが、満足のいくものではなかった。いつの間にか自分達の目標がさらなる高い次元に移行している事に気づく。 自主企画を記念して「有刺鉄線 デモCD 5曲入り 200円」を50枚限定で発売し、完売する。 さらにキラキラレコードよりデモテープの反応が返ってくる。
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| 2007年 4月 |
キラキラレコード主催の「キラキラ☆ナイト」に出演。 かなりの動員を記録して、有刺鉄線史上でも屈指の盛り上りをみせる。
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| 2007年 6月 |
キラキラレコードのオムニバス「OCEAN」に参加。 同社より1stアルバムのリリースが決定する。
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| 2007年 7月 |
1stフルアルバムの為のレコーディングに明け暮れる。アルバム用に新曲も作る。
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| 2007年 9月 |
レコーディング完了! いよいよ全国発売を来月にひかえて興奮は隠せないが、より多くの人達に聴いてもらえるように奮闘する日々は続く。
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| 2007年10月 |
ついにアルバム「放課後サビシガリックシンドローム」が全国発売され、タワーレコードなどでもプッシュされる! 27日に開催されたレコ発企画「有刺鉄線 電流爆破デスマッチ Vol.3」は大成功し、まさに「感極まる」を体現する。何気に過去二回の企画のリベンジを果たす。同時にツアーやワンマンライブも続々と決定。有刺鉄線も次のステージに移ろうとしている。
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| 2008年 2月 |
有刺鉄線にとっての初のツアーを決行する。関西と北関東・東北を蹂躙。京都では数年ぶりの大雪にピンポイントで遭遇し、相変わらずの雨バンドっぷりを発揮する。
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| 2008年 5月 |
初ワンマンライブ「ひとりでできるもん」を開催。訪れたお客さんで新宿クラブドクターの前に長蛇の列。最高の盛り上がりをみせて大成功に終わる。
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| 2008年 9月 |
メンバー間の考え方の溝が非常に大きく露呈してくる。話し合いの結果、山崎が一人で有刺鉄線に残る事になる。自主企画「有刺鉄線 電流爆破デスマッチ Vol.5」を最後にタシロ、森、メキシコとは袂を分かつ事になる。
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| <第六期> |
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| 2008年10月 |
ベースに旧友の鹿内武蔵を加え、新メンバー探しを行う。ボーカル探しに難航するも、最高に熱い外人・ユーセフと出会う。彼はブルーハーツに憧れて、フランスで日本語を勉強し、バンドをやる為に来日した複雑な経歴の持ち主だった。ドラムにはMr.メキシコをサポートメンバーとして迎え、活動を再開させる。(ただしMr.メキシコは同じマスクをかぶっているが、中身は亡きカメハメの後を継いだテリーマンであった。その後かれはカメハメとの戦闘スタイルの違いに苦悩する事になる。)
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| 2008年11月 |
新メンバーで初ライブ。「原点回帰」「下積み」をキーワードに初心者時代に出演していた辺境のライブハウスで、しかもシークレットという形式で行った。閑散とすると思われていたが、いざ始まると熱狂の嵐。なかなかの手ごたえを感じる。と、同時にキラキラレコードより年明け1月にシングルリリースしないかと提案を受ける。めまぐるしいスピードで動きだす新バンド。我々に暖気運転は許されないらしい。
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| 2008年12月 |
日程的に厳しいスケジュールだったが、シングルのレコーディングを行う。鬼のレコーディングエンジニア・山下氏の確かな腕と我々の情熱だけでなんとか乗り切る。「忘れな草」が遂に音源化され、ニヤリ。
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| 2009年 1月 |
レコ発企画開催! 新メンバーになってから初の本格的イベントだったが、まずまずの盛り上がり・動員を記録する。長期展望のツアーもスタートさせる。
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| 2009年 3月 |
サポートメンバーとして、新たにドラムのSHIOSEが加入。そしていきなり手を包丁で怪我してドラムが叩けなくなるという事件が発生(笑)
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| 2009年 4月 |
自主企画「有刺鉄線 電流爆破デスマッチ Vol.7」開催。いろいろな想いではじめた自主企画がもう7回目でなかなかに感慨深い。バンド続けててよかったぁ〜。また、9月にワンマンライブが決定。
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| 2009年 5月 |
新型インフルエンザの脅威の中、野外でのライブを初経験。この頃からちらほらとラジオで有刺鉄線の曲も流れだす。
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| <第七期> |
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| 2009年 9月 |
ワンマンライブ「ひとりでできるもん Vol.2」を開催。メンバーチェンジ後、初のワンマンという事ですべてをかけて臨む。結果は大成功。モッシュ&ダイブまみれの壮絶な盛り上がりをみせる。(山崎も人生2度目のダイブを経験) また、3月よりサポートを続けてきたSHIOSEが遂に正式メンバーとして加入する。
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| 2009年10月 |
東海・関西ツアーを決行。約1年ぶりの関西だったが以前を超える手ごたえを感じる。ツアーファイナルで出演したイベントではお客さんの人気投票で1位を獲得。ツアーでライブ力が1段階アップした事を実感する。
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| 2009年11月 |
2ndアルバムのレコーディングをひかえ、曲作り強化月間。急ピッチながらもクオリティに衰えをみせない楽曲を5、6曲仕上げる。
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| 2009年12月 |
2ndアルバムのレコーディングがスタート。
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| 2010年 1月 |
連日のレコーディング真っ最中、滋賀・京都のショートツアーを敢行。さすがにバテるがツアーでの熱いモッシュの発生を目の当たりにし、また一段とやる気がわき起こる。正月もほとんど休みもない中、有刺鉄線の活動は加速していく。
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